1943年、兵庫県川西市に創業してから設備工事部の創設、エアースタンプハンマによる熱間型打鍛造へのシフトなど、大智鍛造所が現在に至るまでを時系列でご紹介しております。
| 大智鍛造所のあゆみ | 年号 | 社会情勢 |
|---|---|---|
| 大智 明(45歳)は、それまで勤めていた電溶工業を退社し、川辺郡川西町加茂に発動機製造株式会社の下請工場として創業 | 1943年 | 戦時中の統制経済 日本軍、ガダルカナル島撤退 |
| 川西市加茂牧田に土地100坪を買い工場を建設 株式会社設立、資本金50万円 |
1954年 | 繊維会社倒産相次ぐ 第一回全日本自動車ショー |
| 第二鍛造工場建設 エアーハンマ 3台 |
1959年 | 伊勢湾台風来襲 |
| ダイハツ工業と設備工事の取引開始。隣接地500坪を借りて、パレットの生産拡大 | 1962年 | キューバ危機発生 流通革命論 |
| 昭和38年 社長大智 明死去(65歳)、大智寛社長就任(38歳) 設備工事の売上増加 |
1964年 | 東京オリンピック開催 東海道新幹線開通 |
| 新工場(現在地)へ移転、面積820坪 エアーハンマー3台 フリー鍛造から型打鍛造へ徐々に移行 |
1970年 | 日本万国博覧会開催 新日本製鉄㈱発足 |
| 受注激化、営業活動に奔走 建機・農機部品受注 |
1974年 | 石油パニック 狂乱物価 |
| 資本金を400万円に増資 | 1975年 | ベトナム戦争終結 中国自動車道開通 |
| 資本金を1,000万円に増資 | 1980年 | イラン・イラク戦争発起 |
| 資本金を2,000万円に増資 | 1984年 | 江崎グリコ脅迫事件発生 NHK衛星放送開始 |
| 1トンエアーハンマー増設 4ライン体制に コンピューターの導入により事務の合理化を進める |
1985年 | 科学万博つくば’85開幕 ドル高是正、プラザ合意 |
| 京都府長岡京市に設備工事部の京都工場開設 | 1989年 | 消費税3%スタート 平均株価38,915円の史上最高値 |
| 鍛造、工事ともに好調で、鍛造製品価格も上昇 人手不足が最大の問題、人件費も上がる |
1990年 | イラク軍がクウェートに侵攻 中東湾岸危機 |
| 隣接地146坪購入し、鋼材置場に 売上高18億円 |
1991年 | バブル経済崩壊 ソビエト連邦消滅 |
| 創業50周年記念式典開催 不況、原価低減に努力する 増資し、資本2800万円 |
1993年 | 大型不況が深刻化 細川連立内閣成立 |
| 震災後、一時鍛造受注増加、納期に追われる 超円高のため値引き要請激化 漏電により事務所全焼、9月新築完成 |
1995年 | 阪神淡路大震災発生 1ドル79円台の最高値を記録 |
| 消費税駆け込み需要のため5月頃まで鍛造受注増加 資本金5,000万円 生産管理システム、パソコンLAN導入 |
1997年 | 4月消費税率5%に引き上げ 通貨不安 |
| 11月、代表取締役に大智靖志就任 | 2000年 | 介護保険制度スタート 森内閣発足 |
| 重油加熱炉から電気、都市ガスに転換 | 2002年 | 4月預金ペイオフ |
| 鍛造工場増築 5号ライン(1トン)増設 |
2003年 | 米・イラク戦争勃発 香港・中国SARS流行 |
| アイダ400トン冷間コイニングプレス購入 | 2005年 | 愛知万博開幕 JR宝塚線脱線事故 |
| 設備工事部の工場移転 売上高24億4,000万円 |
2006年 | 原油の高騰 安倍内閣の発足 |
| 工場間の大幅なレイアウト変更により 6号ライン(1トン)増設 |
2007年 | 福田内閣発足 |